シアー・ハート・アタック/クイーンV (SHEER HEART ATTACK)

日本盤発売日:1974年12月21日
イギリス盤:1974年11月8日、アメリカ盤:1974年11月12日
イギリス盤初版:「A面:YAX 4881-3U」「B面:YAX 4882-3U」


ジャケットは米ELECTRAとほぼ同じデザイン。今回も英国盤ジャケットとは違う点が多く存在する。
アルバムタイトルの発案者は誰だったのか?(後のロジャー作曲のタイトルになっている事から、このアルバムタイトル名の発案者はロジャーだったのでは?という憶測が私の周辺の一致した推測だった事がある。真実は不明)
赤の帯、シングルジャケット、東郷かおる子氏のライナーノーツ、各曲の英詞。半透明のレコード袋。
英詞の裏面に印刷されたメンバーの白黒写真はいずれもデビュー当時の物。ブライアンのギター「レッド・スペシャル」には取り外す前の「ブースタースイッチ」を確認する事が出来る。
ライナーノーツの曲目リストA-2の原題を「KILLER RUEEN」、B-3の原題を「DEAR FRIENDDS」と誤記。これらはワーナー・パイオニア盤「シアー・ハート・アタック」全てのライナーノーツで共通しており、結局訂正はされる事はなかった。


当時、クイーンはトライデント社と「年に2枚のアルバムを発表する」という契約をしていた為、前作から8ヶ月後に発表されたのが本盤である。また、日本では「戦慄の王女」「クイーンU」「シアー・ハート・アタック」の3枚が1974年に発売されるという、たたみ掛け状態だった。
トライデントスタジオに新たに導入された「24トラックレコーダー」を使用し、間髪無しに繰り広げられるバラエティに富む幅広い曲層に、彼らの底知れぬ才能を痛い程に感じたのが「シアー・ハート・アタック」だった。
レコーディング開始時、ブライアンは病気で体調を崩していた為、他の3人のみで進められていたらしい。その為かジョン作の「Misfire」のアコギ・(ギターソロを含む)エレキ(ディーキーアンプを使用)の殆どを自身が担当している。ロジャーのタムタムがツインタムになり、よりドラムの音表情が増している。ロジャーのスネアロールには当時も今も毎回感心してしまう。
「Seven Seas Of Rhye」に次ぐビッグヒットとなった「Killer Queen」の2番サビ前の下降するベースラインは別トラックに単独で録られている為、これはジョンではなくフレディのアイデアによるものと筆者は考えている。

それぞれの盤の見分け方は、「戦慄の王女」の項をご参照ください。

P-8516E
この盤のプレスマークを見ると、「V/」という刻印を見る事が出来る。かつて「東芝盤」にも同様の刻印があった。後に「W」の様な文字に変わるが、このマークの意味は現時点では不明。「東芝プレス」。
プレス年月:1974年12月
A面:1-A-15
B面:1-A-15
ジャケット印刷:ls A★
ジャケット・カタログNo:P-8516E STEREO
(ジャケット裏右下)
ジャケット価格表記:¥2300
(「Printed In Japan」の横)


P-8516E
この盤のプレスマークを見ると、「V/」という刻印を見る事が出来る。かつて「東芝盤」にも同様の刻印があった。後に「W」の様な文字に変わるが、このマークの意味は現時点では不明。「東芝プレス」。
何故かシュリンクラップされている。レコードショップで独自にシュリンクを掛けたとは信じがたいが、詳細は不明。
初期3枚のアルバムで、1975年4月プレスという盤を多く見かけるが、クイーン初来日に合わせてワーナー・パイオニアが急遽増版を決定したのではないかと推測する。

プレス年月:1975年4月
A面:1-A-25
B面:1-A-29
ジャケット印刷:ls A★
ジャケット・カタログNo:P-8516E STEREO
(ジャケット裏右下)
ジャケット価格表記:¥2300
(「Printed In Japan」の横)



P-10137E
「1975年盤」であり「1976年盤」では無い。「¥2300」から「¥2500」への価格改定にともない、同時にカタログNoの変更が行われた。この盤である「P-10137E」のプレス年月が1975年10月である事から、早くても1975年10月には販売されていた筈である(詳細は「戦慄の王女・P-10118E」の項を参照)。帯の裏側の「補充注文票」がいつ頃まで付けられていたのかは不明だが、遅くとも76年12月までには廃止されていたと思われる。「東芝プレス」。
プレス年月:1975年10月
A面:1-A-39
B面:1-A-47
ジャケット印刷:ls A★
ジャケット・カタログNo:P-10137E STEREO 
(ジャケット裏右下)
ジャケット価格表記:¥2500 
(「Printed In Japan」の横)


P-10137E
「1975年盤」であり「1976年盤」では無い。「¥2300」から「¥2500」への価格改定にともない、カタログNoの変更が行われた。遅くとも1975年10月には「P-10137」盤の販売が始まっていた筈である(詳細は「戦慄の王女・P-10118E」の項を参照)。帯の裏側の「補充注文票」がいつ頃まで付けられていたのかは不明だが、1977年1月プレスである本盤の帯裏側の「補充注文票」はこの時点で無くなっている事から、遅くとも76年12月までには廃止されていたと思われる。「東芝プレス」。
プレス年月:1977年1月
A面:1-A-75
B面:1-A-80
ジャケット印刷:ls A★
ジャケット・カタログNo:P-10137E STEREO 
(ジャケット裏右下)
ジャケット価格表記:¥2500 
(「Printed In Japan」の横)



P-6552E
「1979年の来日記念盤(2000円盤)」である。「1981年の来日記念盤」ではない。(詳細は「戦慄の王女」の同項を参照)。
筆者が3番目に購入したクイーンのLP盤である。東芝プレス。

プレス年月:1979年3月
A面:1-B-12
B面:1-A-99
ジャケット印刷:ls A★
ジャケット・カタログNo:STEREO
(ジャケット裏右下)(カタログNoは背表紙に記載)
ジャケット価格表記:¥2000
 (背表紙にのみ記載)


P-6552E
「1979年の来日記念盤(2000円盤)」である。「1981年の来日記念盤」ではない。(詳細は「戦慄の王女」の同項を参照)
参考資料として購入した盤で、この盤では「初回プレス:79年12月」、その後「80年4月」にプレス、本盤は「1980年5月プレス盤」。東芝プレス。

プレス年月:1980年5月
A面:1-B-21
B面:1-A-111
(1980年代プレス盤なので、「TO」が刻印されている)
ジャケット印刷:ls A★
ジャケット・カタログNo:STEREO
(ジャケット裏右下)(カタログNoは背表紙に記載)
ジャケット価格表記:¥2000
 (背表紙にのみ記載)



P-10137E
「1979年来日記念2000円盤」終了後は「P-10137E」に戻り、価格も2500円に戻された。が、筆者は所有していない為、詳細は分からないままである。
プレス年月:
A面:
B面:



P-10137
前項で触れた「P-10137E」は「P-10137」となり、帯も変更、シュリンクラップで覆われている。ただし、盤やライナーノーツに記載のカタログNoは「P-10137E」のままである。筆者はこの盤を所有していないが、おそらく1983年〜1985年頃にプレスされたものと推察している。「クイーン・グレイテスト・ヒッツ」の項で触れるが、80年代後期の「東芝盤」は音質が悪いため、この盤も音質があまり良くない可能性がある。
プレス年月:
A面:
B面: