戦慄の王女 (QUEEN)

日本盤発売日:1974年3月25日
イギリス盤:1973年7月13日、アメリカ盤:1973年9月4日
イギリス盤初版(EMI PRESS):「A面:YAX 4623-3U」「B面:YAX 4624-2U」
(PYE PRESS):「A面:EMC 3006 YAX 4623 A//2」「B面:EMC 3006 YAX 4624 B//2」



紫色の帯、大貫憲章氏のライナーノーツと各曲の英詞、レコードの保護用ビニール袋等。
日本盤ジャケットは米ELECTRA盤とほぼ同じデザイン(米国盤初版は、ジャケット表面の「QUEEN」のロゴ、裏面の白鳥のデザインを施した「シンボルロゴ」が金色で装飾されている)。
「米国盤」が「英国盤」とデザインが異なるのは契約等の問題が関連しているのか、何かは不明。日本盤は米国ELECTRA系(米国"Warner Bros")が日本で盤を販売する権利を有していた為、色々な面で「米国盤」の特色と近い。音質に関しても「英国EMI盤」とは違いが有り「英国盤」はストレートな印象で「日本盤」に聴き慣れた筆者には違和感を感じたのだが、「米国盤」はコンプをガンガンに掛けた「ロックサウンド」になっており、「日本盤」は「米盤」と同等な印象を受ける。
米国盤には作曲者名の記述が無い為、「米ELECTRA」は「英EMI」からアルバムに関する詳細なデータを得ていなかったと推測する。その影響なのか「日本盤」の各曲の作曲者名は「All songs written by Queen」と"曖昧な"表記に留まっている(筆者が15歳当時に購入した『クイーン詩集』で各曲の作曲者を初めて知った)。

「SMILE」のミニLP「ゲッティン・スマイル」を聴いた後にこの「戦慄の王女」を聴くと、二人のメンバーチェンジの大きさを感じる。フレディの書く曲はピアノ曲を中心に「SMILE」では決して描けなかったであろう壮大な世界に溢れ、まさしくフレディの本領発揮といった趣き。ジョンのベースもティム・スタッフェルのルート音を主体とした単純なベースラインでは無く、ジョンらしさを象徴するベースラインに溢れている。「The Night Comes Down」のベースアレンジは特に素晴しい。逆に「Liar」の「ギターソロ・エンディング部」で聴けるベースソロの様なフレーズはメンバー(おそらくフレディ)の指示によるものと分かるものであり、ジョンらしさは感じられない。
スタジオでの作業も興味深い。「Keep Yourself Alive」のイントロなどは、ブライアンがギターを弾き始めてから慌ててレコーダーを回しているなど、偶然がベストテイクを生み出す良い例を示している様。「The Night Comes Down」のブライアンの「Hallfredh」やロジャーの「カウベル」にディレイ・リヴァーブ(遅れてリヴァーブが掛かるエフェクト効果)などの音処理も素晴しく、ベースギターやドラムスの音の定位等も各曲で変えてあったり、何気に聴きどころが多い。

本国イギリスでアルバム「QUEEN」が順調な進みで発売された訳では無かった。ブライアンとロジャーがジョンに初めて会ったのが1971年3月に行われた「Yes」のライヴでの事。ジョンの加入が決まり、クイーンが活動を再開する6月までリハーサルが繰り返され、1972年末にはアルバム「QUEEN」のレコーディングは完了していたと言われているが、不思議な事に、1973年7月の「QUEEN」発売の前に「Larry Lurex」なる変名でEMIからシングルを1枚発表している。レーベルにはトライデントのロゴも確認出来る。時代遅れ感(両曲ともカバー)が有るこのシングルの演奏にはフレディがヴォーカルとして参加しているが、ブライアンのギターも聴く事が出来るし、ドラムはロジャーだと筆者は感じている。「Larry Lurex」のシングルが1973年発売という時期的な事を考えても、ジョンが参加しない筈が無いと推測する。このシングルに収録された2曲は後年、フレディのCDボックス集等でオフィシャル音源化されている(80年代は、この2曲を含むブート盤が絶えなかった)。



【「ワーナー・パイオニア」の経緯】
当時の東芝で発売していたワーナー系レーベルから分離する形で、1970年に「Warner Bros-Pioneer」として設立。ピーター・ポール・アンド・マリーやジェームス・テイラー等の「ワーナー系東芝盤」の他に、「日本グラモフォン」から発売されていたディープ・パープル(Tetragrammaton Records)、イエスやレッド・ツェッペリン(Atlantic)、フリーやキング・クリムゾン(Island Records)、そして「日本ビクター」から発売されていたザ・ドアーズ(Electra Records)等のリシュー盤を発売。設立から数年後、社名を「Warner-Pioneer」に変更している。



【プレス・マーク】
20年程前からイギリスEMI盤の「版」の見分け方等がかなり明らかになっているが、日本盤(特に東芝盤)についてもおおよその詳細が明らかになっている。2006年に発売された菅田泰治氏著「日本盤60年代ロックLP図鑑・洋楽編」という本に、「プレス・マーク」なる記述がある。これにより、その盤のプレスされた年と月が分かるという物である。柳生高志氏の素晴らしい発見だ。早速私もこの本を見ながら所有のレコードを全て見直し、盤のプレス時期を確認したし、この本を参考に中古盤ショップで追加で購入した盤も多くある。なお、全ての日本盤にプレスマークが刻印されている訳ではないが(ソニー盤など)、東芝盤やワーナー・パイオニア盤の殆どにプレス・マークが刻印されている。おそらく菅田氏の著書の通り、盤の不良品の特定を容易にする為、という事だと思う。
プレス月 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
記号 1 2 3 4 5 6 7 8 9 X Y Z



【カタログナンバー】
このサイトでは、「P-8427E」の様な、ワーナー・パイオニアのレコードに付けられた通し番号を「カタログナンバー」と表記する。番号が若ければ若い程、早いリリースとは限らず、価格改定による旧譜や新譜に付けられる番号では、新価格盤が古い盤よりも若い番号が付けられる場合がある。クイーンのシングルで最も若い番号は「マイ・ベスト・フレンド/'39」の「P-16E」であり、レコード等の物品税増税による価格改定(¥500→¥600)に伴ったカタログナンバーの変更である。「ボヘミアン・ラプソディ」の「オリジナル・¥500盤」は「P-1430E」であるが、翌年の「¥600盤」のカタログナンバーでは「P-128E」となっている。ちなみに価格改定盤をリシュー盤と呼ぶ事を筆者は否定する。
また、カタログナンバー「P-8427」の様に「E」の文字が無くなるのは、1981年7月頃以降の新譜からとされているが、旧譜のカタログナンバーは1980年代前半まで(遅くとも1983年まで)は「E」の文字が付いていた。「E」は「ELECTRA」の頭文字。



【マトリクスNo.】
英国EMI盤は、「カタログNo」と「マトリクスNo」が盤面の別々の箇所に刻印されている。
英国EMI盤の場合であれば...
カタログNo マトリクスNo.
EMC 3006 YAX 4623(A面)
YAX 4624(B面)
となり、マトリクスNoの枝番が「YAX 4623-3U」の場合、「YAX 4623用ラッカー盤への3回目のカッティング」を意味し、マトリクスNoから9時方向に「メタルマザー(正しくは「マザーと呼ぶ」)」に打たれる数字と3時方向に打たれるアルファベットで、「何番目のマザー」で「何番目のスタンパー」なのかが分かるというものである。
9時方向に「1」、3時方向に「G」という記号があれば、「1回目のマザーから作られた1回目のスタンパー」でプレスされた盤を意味し、この盤は最も音質が優れているとされる。
ワーナー・パイオニアの場合「P-8427E1(A面)」「P-8427E2(B面)」は単にカタログナンバーを表しているに過ぎず、これが何番目の何かという意味にはならない為、何の情報を得られるものではない。マザーを新たに作る際に「P-8427E1」「P-8427E2」を刻印しており、このマザーを元にスタンパーが作られていた。刻印された文字が微妙に異なるのはその為である。したがって、これを「マトリクスNo」とは呼ぶ事は出来ない。
「1-A-1」等の刻印は、最初の「1」が何回目のラッカー盤へのカッティングだったのか、「末尾の1」はそのスタンパーが「1-A」のメタルマザーから作られた何番目のスタンパーだったのか、という事を意味し、中央の「A」は末尾の数字が一定数を超えた場合等により、「B」となり「C」となり、という具合である。したがって、こちらの刻印がマトリクスNoの役割りをしていたと考えている。

筆者所有の1stアルバム「QUEEN」のUK盤は「EMI PRESS盤」ではなく「PYE PRESS盤」なので、UK盤「A NIGHT AT THE OPERA」で例えると「A面:YAX 5063-2、Mother:1、Stamper:AR」「B面:YAX 5064-2、Mother:4、Stamper:OO」であり、
これをワーナー・パイオニア盤の刻印で表現すると「A面:1-A-32」「B面:1-D-55」(「オペラ座UK盤」の枝番は両面とも「-2」が最も若いラッカー盤なので)となる。

「1-A-1」と「1-A-100」の場合、「1巡目」と「100巡目」のプレス用スタンパーでプレスされた物で、音は全く同一(プレス回数が増える度に音質が悪くなる傾向にある為、「100巡目」は「1巡目」より音質が悪くなりやすい)。
「1-A-*」と「1-B-*」も全く同一(例えば「1-A-*」の末尾数字が一定数を超えた場合、新たにマザーを作り直す為、繰り上げで「1-B-1」となる(実際の末尾数字で使える数字の限度に明確なものは無い様である)(ただし例外もある。その場合は該当するタイトルの項にて詳細を記す)。
「1-A-*」が「2-A-*」になった場合、ラッカー盤への新たなカッティングが行われた事を示す。すなわち「2-A-*」は2度目のラッカー盤(=メタルマスター)を意味し、「1-A」盤とは異なる物である事を示す。
英国盤で言えば「YAX 4623-3U (3回目のカッティング)」から「YAX 4623-4U (4回目のカッティング)」になった、という意味と同じになる。

例えば最初のラッカー盤へのカッティング盤「1-*-*」で、仮にカッティングに失敗した場合、そのラッカー盤は即廃棄になる筈である。が、「A面:3-A」が初回出荷分で確認される場合、この「3-A」の前にカッティングされたと思われるラッカー盤(すなわち「1-A」や「2-A」)が、カッティングに失敗した盤という意味では無く、流通用に3枚分(或いはそれ以上の枚数)のカッティングが行われ、それぞれのメタルマスターが作られた、という事である。
ちなみに英国盤の場合、失敗したラッカー盤は廃棄処分になる。理由は「誤って流通しない為」である。が、ビートルズのモノラル盤「Revolver(B面)」と「White Album(C面)」では誤って「-1」が流通してしまうミスが実際に起きている。クイーンの1stアルバムがいきなり「-3U」なのは、1回目と2回目のカッティングにミスが生じたから。或いは1回目と2回目のカッティング盤が流通用に適さなかった為、再カッティングが行われた。などを意味し、その為「-3U」になった、等の理由が考えられる。

ワーナー・パイオニア盤に限らず、日本盤の場合、「1-A-*」から「2-A-*」の様なリカッティングの場合、再生用テープのスピードに誤差が生じ、ピッチが下がる(または上がる)傾向にある。再カッティングの際に使用する「マスターテープ」と「テープマシーン」の相性の違いは意外と大きい。
このサイトでは便宜上、「1-A-*」等の数字を「マトリクスNo」と呼称する。これらの詳細は、下記のそれぞれの版の項にて記す。



【ジャケット印刷】
ジャケットの裏面の「Printed in Japan」の文字の隣に「Ki A★」「Is A★」「Ic A★」の様な文字を見る事が出来るが、後述する「1979年来日記念2000円盤」の帯の表面に記されている「P-6550E/STEREO」等の文字が「小さめのゴシック体」で印刷されているのが「戦慄の王女(Ki A)」「オペラ座の夜(Ki A)」「華麗なるレース(Ki A)」の3タイトル。「大きめのゴシック体」で印刷されている「世界に捧ぐ(Ic A)」。「クイーンU(Is A)」「シアー・ハート・アタック(Is A)」の2タイトルは「明朝体」で印刷されており、「灰色帯」の色合いが、最も薄い灰色が「Is A」、最も濃い灰色が「Ki A」、その中間の色が「Ic A」である事から、「Ki A」「Is A」「Ic A」等の略文字はジャケットの印刷会社名か、ジャケット製作会社名を表していると考えている。



また、複数のサイトで「ワーナー・パイオニアはプレス工場を所有しておらず、全ての盤のプレスを他社へ委託していた」という記述も確認している。筆者も同感だ。ワーナー・パイオニアは独自のカッティングルームも所有していなかったであろう事を、筆者所有のワーナー・パイオニア盤から推測している。

P-8427E
【マトリクスナンバーについて】
ワーナー・パイオニア盤は、再度のカッティングが行われる場合、マトリクスNoは「1-*-*」が「2-*-*」と表記される。例えば「1-A-*」が「1-B-*」の表記になった場合でも「メタルマスター」に変更は無い。筆者が確認している限りでは「戦慄の王女」は両面とも全て「1-*-*」である為、カッティング作業は1974年に行われたのみであり、後に新たなカッティング作業が行われた盤は存在しない事になる(少なくとも1982年2月プレス盤までは)。
(右のYouTube枠にて「1974年」「1976年」「1982年」のそれぞれの盤を同時に回した動画をアップした。音が一切ズレない点が「メタルマスター」が全て同一の物であった事を意味する。一方「クイーンU」の「サイド・ブラック」はカッティングし直されているので、音がズレていくのを分かって頂けると思う。
海外で同様な方法でレコードを製造している国を筆者は知らない。とは言え「末尾」が若い数字の方が音質がクリアであるのは間違いなく、なるべく若い数字の盤で傷の無い綺麗な盤を購入される事をお奨めする。良い盤に巡り合えるコツは、実は「マトリクスNo」と「プレスマーク」なのである。(「P-8427E1」「P-8427E2」等の刻印は、日本盤の「カタログナンバー」を示すものであり、「P-8427E」は全ての日本盤「戦慄の王女」に刻印されている為、それ以上の情報を得られるものは何も無い)

プレス年月:1974年4月
A面:1-A-4
B面:1-A-1
ジャケット印刷:Ki A★
カタログNo表記:P-8247E STEREO
価格表記:¥2300

プレスマークを見ると、1回目プレスが「1974年3月」であり、この盤は「1974年4月プレス」である事を示している。
数年前にアメリカのコレクターの方から「eBay」経由で譲って頂いた盤。ジャケも帯もライナーノーツも盤も素晴しい状態だった。筆者所有の「戦慄の王女」の中で最も音質が良く「Son And Daughter」のシンセの様なブライアンのギターはまるで別世界から鳴っている様に聴こえる。しかも筆者所有の他の「戦慄の王女」より少しだけ盤が重く、レーベル面は最も色合いが濃い(ワーナー・パイオニア盤は、新たにプレスされる度にレーベルの色合いが明るくなる傾向がある)。
元になる「2ch 1/2インチマスターテープ」は、米エレクトラから送られてきたものと思われるが、A面のカッティングは1度しか行われていない為、全ての日本盤のA3「Great King Rat」のエンディング近くで一瞬右側の音声が小さくなる。
マトリクス:「1-*-*」:Side A
マトリクス:「1-*-*」:Side B
クイーンU Side B
「1-*-*」「2-*-*」


P-8427E
【プレスマークについて】
この盤のプレスマークを見ると、74年4月にプレスが行われた事が分かる。
この盤のプレスマークを見て、ビートルズの盤で見た記憶がある事を思い出した。しかし「K」という文字が何を表すのか、現時点では不明。「東芝盤」には1980年以降「TO」の文字が刻印されるが、「ワーナー・パイオニア盤」にも同年から「TO」の文字が入る事などを考えると、ワーナー・パイオニアから発売された殆どの盤が「東芝プレス」だった事を意味する。「東芝盤」と刻印の位置が異なるのは、ワーナー・パイオニア側からの刻印の位置の指定があったからではないか、と推測している。

プレス年月:1974年4月
A面:1-A-7
B面:1-AB-2
 
(実際は斜線が二本)
ジャケット印刷:Ki A★
カタログNo表記:P-8247E STEREO
価格表記:¥2300


ワーナー・パイオニア盤に多い事だが、ジャケットは表面も裏面も米ELECTRAから送られてきたフィルムを使用し、カタログNoやWarner-Pioneer等の文字が加えられている為、「ASCAP」など、日本では馴染みの無い文字を見る事が出来る。


P-8427E
【マトリクスナンバーの末尾数字について】
末尾の数字が「2」であったり「10」などと記されるのは、「1-B」というマザーから作られたプレス用のスタンパーが何枚目の物だったのか、という順番を表している。菅田泰治氏著作本によると、1組のスタンパーから2000枚程プレスされていたようだ、と書かれてあるし、東洋化成でもそうであった事を示すTV番組も存在した。5000枚以上など、過多にプレスすると、プレスミスなどの盤の質を悪化させる要因になる。70年代以降の米国盤などは1対のスタンパーから相当数のレコードをプレスしていたと思われ、盤質の良くない(プレスミス等が有る)レコードを多く出回らせる要因になっていた。プレスミスによるノイズは現在の海外盤にも多い。当時の日本盤はJIS規格を厳守したプレス方式だった為、盤質を良好に保てられていた。
「戦慄の王女」発売から半年、早くもA面のメタルマザーのアルファベットが「B」に繰り上げられている。ある一定の枚数が作られた後、枝番号が尽きた際に「A」から「B」などへ繰り上げられるのがワーナー・パイオニア盤の特徴であるが、この枝番が何番まで使用出来ていたのかは不明。

プレス年月:1974年9月
A面:1-B-2
B面:1-AB-10 
(実際は斜線が二本)
ジャケット印刷:Ki A★
カタログNo表記:P-8247E STEREO
価格表記:¥2300




P-10118E
【1975年盤について】
「1975年盤」である。「1976年盤」では無い。いわゆる「2ndプレス」と呼ぶ事にも筆者は違和感を感じる(2ndプレスの定義がそもそも曖昧だ。盤の送り溝に打たれたカタログNoの刻印は引き続き「P-8427E1」「P-8427E2」だからである)。オイルショック等による物品税増税が有ってなのか「¥2300」から「¥2500」への価格改定があり、その際にカタログナンバーも変更された。後に述べる「シアー・ハート・アタック」(P-10137E)にて1975年10月プレス盤を確認しており、「P-10137E」よりもナンバーの若い「P-10118E」が1975年10月以降に販売されていたとは考えづらい。遅くとも1975年10月以前には販売が始まっていた筈である。「オペラ座の夜(1975年12月21日発売)」の艶有りジャケット初版盤の帯の裏面には既に「戦慄の王女」のカタログNoは「P-10118E」と記されている。
帯の裏側「補充注文票」がいつ頃まで付いていたのかは不明だが、遅くとも76年12月までには廃止されていたと思われる。「東芝プレス」。

プレス年月:1976年1月
A面:1-C-16
B面:1-AB-25 
(実際は斜線が二本)
ジャケット印刷:Ki A★
カタログNo表記:P-10118E STEREO
価格表記:¥2500



P-6550E
【1979年来日記念2000円盤について】
「1981年来日記念2000円盤」として知られる盤であるが、これは誤り。何故そう言い切れるのか-筆者が最初に買ったクイーンのLP盤がこの「来日記念盤」だからである。つまりは「1979年4月来日公演」に向けた「来日記念盤」という事である。「1981年説」が何処から来たのか私は知らないが、この「来日記念盤」は筆者が確認している限りでは、1980年8月プレスが最終であり、「THE GAME(1980年7月初版)」に付属していた「アンケート葉書・各盤のカタログ」にも「クイーン完全限定2000円盤-これが最後のチャンス!!」と記されている。
帯の「P-6550E/STEREO」の文字が「小さめのゴシック体」で印刷されているのは「Ki A」である本盤と「オペラ座の夜(Ki A)」「華麗なるレース(Ki A)」の3タイトルであり、「大きめのゴシック体」で印刷されている「世界に捧ぐ(Ic A)」の他、「クイーンU(Is A)」「シアー・ハート・アタック(Is A)」の2タイトルは「明朝体」で印刷されている。(「Ki A」「Is A」「Ic A」等の略文字はジャケットの製作会社名を表していると考えている)
筆者のクイーンとの出会いは1977年春、友人が所有していた「You're My Best Friend」のシングル盤.。そんな時期にクイーンの魅力に惹かれ、年の暮れにニューシングル「We are The Champions」を購入、その後クイーンのシングル盤を買い集めていた時期だった。言わば、グレイテストヒット集をシングル盤で満たしていた訳である。LP盤を一気買いするなど中学生には無理な時代。筆者は中学時代にこの盤を購入しており、「1981年」時は既に高校生になっていた。
本盤は1979年4月頃に購入したと記憶している(そもそも「P-10118E盤」はレコードショップの「クイーンのコーナー」にも「在庫棚」にも無かった)。同年6月にベースギター(ジョンの影響で、ナチュラル・ボディのプレベ)を購入し、我流でベースの練習を始めた時期だった。そんな頃の思い出は年齢が60代近くになった今でも忘れないし、忘れられない。

プレス年月:1979年3月
A面:1-C-49
B面:1-AB-53 
(実際は斜線が二本)
ジャケット印刷:Ki A★
カタログNo表記:STEREO
(背表紙にカタログNo表記有り)
価格表記:¥2000
(背表紙にのみ記されてある)(背表紙は白く塗られ、その上からカタログNoや価格等が記されている)



P-10118E
【来日記念盤・終了後の盤について】
前項で触れた「1979年来日記念2000盤」販売終了後の「1981年1月」以降は「P-10118E」に戻り、価格も2500円に戻された。ライナーノーツ表面にカタログNo「P-10118E」の記載が無い(ライナーノーツの裏面にはカタログNoの記載がある)。レーベルの色具合も「P-6550E」と似ている。この盤の確認により、少なくとも1974年から1982年までは、ラッカー盤への再カッティングは両面共に一切行われていなかった事を知る事が出来た。

プレス年月:1982年2月
A面:1-C-55
B面:1-AB-48 
(実際は斜線が二本)
ジャケット印刷:Ki A★
カタログNo表記:P-10118E STEREO
価格表記:¥2500




P-10118
【ワーナー・パイオニア最終盤】
前項で触れた「P-10118E」は「P-10118」となり、帯も変更、シュリンクラップで覆われている。ただし、盤やライナーノーツに記載のカタログNoは「P-10118E」のままである。筆者はこの盤を所有していないが、おそらく1983年〜1985年頃にプレスされたものと推察している。「クイーン・グレイテスト・ヒッツ」の項で触れるが、80年代後期の「東芝盤」は音質が悪いため、この盤も音質があまり良くない可能性がある。

プレス年月:
A面:
B面: